64年東京生まれ→慶応大野球部出身(ただし、ベンチ入り歴なしの内野手)→総合不動産会社のリクルートコスモス入社→外務省管轄の特殊法人・国際協力事業団(JICA)に転職という著者の来歴に特別の驚きはない。ただ、これに五輪初出場を目指す<ガーナ・ナショナル野球チーム初代監督>が付くと、にわかに波瀾万丈モード。
そもそもガーナ共和国ではサッカーが圧倒的人気のはず。ワールドカップ出場歴こそないが、92年バルセロナ五輪では銅メダルを獲得している。
野球に関してはキューバ留学後の若者が道具と技術を持ち帰ったものの、わずかな下地しかない首都アクラで、またなぜ物好きにも普及活動を―。
代表監督・友成は、与えるばかりの援助より国の将来を見据えた技術協力を模索し続けるタイプ。となれば周囲とのズレも生じやすい。フジテレビの番組『奇跡体験!アンビリバボー』の収録で、元広島カープの高橋慶彦が短期コーチで来たときの正面衝突にもハラハラさせられる。
貧しい国に野球を根付かせることの意味についての自問自答に好感が持てる。「生きがいの共有」というプラス側面でのスポーツの力を再認識させられる一冊。
(2003年8月24日朝刊 佐山一郎[作家])
ガーナで野球を指導し、普及させるということ
本書の著者は野球が大好きなジャイカ(国際協力事業団)の職員。西アフリカのガーナに赴任すると、青年海外協力隊の草野球チームから、ガーナの野球チームとの試合に参加しないかと誘われる。それは自称ナショナルチーム。キューバ留学経験者が中心となって、何とか野球チームとしての体裁を保っているというレベルだった。野球好きの著者の血が騒ぐ。そして練習日に見学にでかけ、そのまま押しかけコーチに就任(後、正式に監督に就任)。そこからオリンピックをめざすガーナナショナルチーム「ライジングスターズ」の挑戦が始まる。
しばしば本文でも登場するが、このガーナチームの奮闘の様子は、ある人気番組でも複数回にわたって取り上げられたので、ご存知の方も多いだろう。しかし、さすが当事者の筆による本書の内容は、テレビ番組をはるかに凌駕する。文化や習慣の違いをはじめとして、道具不足や予算不足など、さまざまな困難にぶつかりながら、技術の向上、マネジメント、さらには野球の普及にまで取り組み、ときには挫折しながら、ガーナの人々と夢を追い求めていった情熱の根源とは何か。もしかすると、単に野球が好きだっただけかもしれない。あるいは国際協力の一つのあり方への模索だったかもしれない。事実、著者のガーナ野球への貢献は、経済支援では満たせない心の充足感をガーナの人々に与えたようである。
著者はすでにガーナから帰国し、監督の任をおりているが、ガーナチームはアテネオリンピックへ向けて新たな挑戦を始めているという。健闘を祈りたい。
(2003年10月6日号 文・石富仁[ライター])






